• グルメ部
    今柊二の「定食ホイホイ」
  • 読書部
    とみさわ昭仁の「古本“珍生”相談」
  • 文芸部
    ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」
  • グルメ部
    高山夫妻の「おふたり処」
  • ジャズ部
    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第百伍話『元旦や、人間だけがあらたまる』

「私は、うじうじ・じめじめした人間です。
でも、それも案外幸せかも……と思えるようになったのは、
人生の不幸せが読書の幸せに繋がっていることを
発見したときからです。」

『無用之用』で、その詩のような言葉を読んだとき、
涼川小夜子は、なぜか、泣いてしまった……。

『無用之用』には、個人の選書の棚がある。
その棚の名は、「エブリディ梅雨」。
棚には、紹介文と共に、写真集『ブタとともに』がある。
香川県三豊市の養豚場で、1200頭のブタの世話をするお父さんとブタの
奇跡のツーショットが表紙。

その写真集を見て、また、小夜子は泣いてしまう。

「弱っている……確かに私の心は、冬なのに、雨だらけの梅雨」
そう、小夜子は思う。
なぜ、男に抱かれないと、自分を確認できないのだろう。
どうして、自分が“ここにいる意味”が、わからないのだろう。
男が欲しいのは、私の心でも、私のレーゾンデートル(存在理由)でもない。

芥川龍之介は、言った。
「かう考へて来ると、純文学科のレエゾン・デエトルは、
まあ精々便宜的位な所だね」

『無用之用』の美帆さんに頼み、
この棚の主を紹介してもらう。

待ち合わせに現れたその女性は、着物姿だった。
紺地に、赤い椿が散っている。

「祖母が、群馬で旅館をやっていまして。お着物が好きで。
でも、亡くなって、そのお着物を処分してしまったんです。全部。
これ、その、古着、なんですが……いつか……。ほんとうにいつか、
古着を買っていると、祖母のお着物に、
また出会えるんじゃないかって、思っているんです。
これって、この感覚って……なんだか、古本に、似ていませんか?」

彼女の名は、奈津子。
美しい。綺麗な瞳が、印象的だった。
奈津子が笑うと、殺伐とした世界が、少しだけ、ふわっと優しく変わる。
温度が2度、湿度が10%上がる気がした。
小夜子はなぜか、キース・ヴァン・ドンゲンが描く女性に
似ていると思った。

「父から、小説を読むのを禁じられた時があるんです。
私、坂口安吾が大好きで……。なぜ、父が小説がダメだったかと
言うと、小説家はみんな自殺するからだと。私、坂口安吾の
『桜の森の満開の下』が大好きで。本を持つことが
許されなかったので、青空文庫をプリントアウトして、
持ち歩いていました」。

笑う……奈津子が、笑う。
真顔のときと、笑ったときで、
こんなにも雰囲気が違って見えるひとを、
小夜子は知らなかった。

奈津子は、小夜子に、こんな一節を諳んじてみせた。
『桜の森の満開の下』より、
「ほど経て彼はただ一つのなまあたたかな何物かを感じました。
そしてそれが彼自身の胸の悲しみであることに気がつきました。
花と虚空の冴えた冷めたさにつつまれて、ほのあたたかいふくらみが、
すこしずつ分りかけてくるのでした。」

ほのあたたかいふくらみ……。

無用之用

無用之用

URL
お店のHP

『本を持つ、奈津子さんの手』

奈津子さんは、素敵なひと。
佇まいが、文学。そして神保町が大好き。
奈津子さんも関わっている、
「神保町の声を聞く会」の、インスタグラムを、
ぜひ、ご覧ください!
ecojimbochoで,
検索してみてください。

さて、ご好評いただいてきた
この『路地裏のよろめき』が、
2024年3月で、幕を閉じます。
残すところ、あと、3回。
小夜子さんにふさわしく、108回で終わるのです
(煩悩の数と一緒 笑)

春には、オフ会イベントも企画中です。
お楽しみに!!