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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第七話『わたしと、あそんで』

「私はやはり、野良猫のようだ」。
涼川小夜子は、思った。
かまわれ、囲われると、逃げたくなる。
放っておかれると、すりよっていきたくなる。
竹下から、三日間、連絡がない。
前にもこのくらいの不通はあったけれど、今度のそれは、
何か違うニュアンスをはらんでいるように感じた。
最後の情事が、あまりに激しすぎた。
あまりに、唐突に果てた。
男の人は、わかりやすい。心に何かを抱えているときには、
ふだんと肌合いやテンポが変わる。
彼の指が懐かしかった。
細くて長い指の動きを想像した。
顔でも声でもなく、指を思い出すことで、いっそう切なさが増した。
街を歩くと、そこにあるはずのない竹下の匂いを探した。

「こんにちは」と小夜子。
「いらっしゃい」と、ののりさん。

ののりさんの瞳は澄んでいる。
森の奥にひっそり暮らしている子鹿のような目。
『オッカラン』には、いろんな国のいろんな雑貨が置いてある。
帽子、マフラーからレターセット、グラス、物入れまで。
店自体が、深い森のようだ。

「この間、昔好きだった絵本にまた出合ったんだよね」
ののりさんが言った。
「『わたしと あそんで』っていう絵本なんだけど。1955年にアメリカで
出版されたから、もうずいぶん昔の本」
「どんな絵本、なんですか?」
「女の子がね、原っぱに遊びに行くの。朝陽がのぼって、草露が光って、
で、女の子がね、わたしとあそんでってバッタに近づくと、逃げちゃう。
カエルにも、カメにもリスにもウサギにも、わたしと遊んでっていうと、
みんな逃げちゃう。女の子はね、池の近くの石に腰掛けて、仕方ないから
ミズスマシが、湖面に絵を描くのをただ静かに見ていると、
バッタがピョンってやってくる。カエルも近くに戻ってくる。
そうしてみんなが女の子のまわりに集まるっていうお話」
「深いですね」
「深いよね」
「静かな池のほとりっていうのが、いい」
「そうなの」

小夜子は想像した。
静まりかえった池のほとりに、たたずむ自分。
森の香りが苦しくなる。
静けさに、つらくなる。

ブーン。
携帯がうなった。
見ると、竹下からのメールだった。

小夜子は、返事にこう返した。
「わたしと、あそんで」。

オッカラン

オッカラン

住所
神田神保町2-26-1F

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ののりさんの笑顔は、優しい。 綺麗な瞳を見るだけで、うれしくなる。 どうしてこのひとは、こんなにも開かれているんだろうと思う。 バリアがない。混ぜ合うことに躊躇がない。 お店の中にある商品たちも、同じだ。 全てがオープン。誰が買っても誰が使ってもいい。 どんな年代の女性でも、欲しくなるものたち。 店に入ると、深い森に来たような安心感に包まれる。