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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第伍十七話『外はカリっと、エッグタルトのように』

「私をポルトガルにいざなってくれたのは、
ポルトガル人のイケメンでもオジサンでもなく、
ほんとうに、のび太くんのような、若者だったの」
村美佑記は、笑いながら、言った。

そこは、神田小川町の裏路地にある、
ポルトガル菓子の専門店。
「DOCE ESPIGA(ドース イスピーガ)」。
白い看板が目印のその店は、口コミで評判を呼び、いまや、
大人気店。
名物のエッグタルトは、午前中で売り切れてしまう。

涼川小夜子は、店のイートインスペースで、焼きリンゴを食べながら
ポートワインを飲むのが好きだった。
美佑記の明るい笑顔に会えるのも、大きな楽しみ。
彼女には、不思議なカリスマ性がある。
まるで神の国からやってきたような包み込む優しさと浮遊感を
持っている。

あの日、夕方、小夜子が訪れると、
「ああ、小夜子さん、よかった。焼きリンゴ、最後の一個が……」
と美佑記が言いかけたとき、
店の戸がガラガラと開き、ひとりの男性が入ってきて、
「焼きリンゴ、ありますか?」
と聞いた。
小夜子は、美佑記に目配せする。
「ちょうど、一個だけ、あります」
美佑記が、言った。

小夜子は、静かに、店をあとにした。
師走の神保町。寒い。風が冷たい。
もうすぐ、クリスマスだが、小夜子には、ワクワクする約束もなかった。
砂田とヨリが戻ってしまったが、やはり、どこかで夢中になれない
自分がいた。
縛られたり、叩かれても、満たされない何かがあった。
この前会ったときは、白いパンツ一丁の砂田が、
「たまには役割、変えてみよう」
と、自分を縛るように要求した。
言われるがまま、彼をしばり、足で顔を踏む。
汚い言葉を浴びせて、鞭で叩く。
砂田は、興奮して、昇天したが、小夜子は冷静だった。
「私はいったい、何をしているのだろう」
そんな声が聴こえてきた。
愛とは、役割ではない。

「すみません……」
声をかけられて、振り向く。
美佑記さんの店にいた男性だった。
「さっきは、ありがとうございます。あの、お店のひとに聞きました。
あなたが譲ってくれたんですよね、この、焼きリンゴ」
彼は包みを軽く持ち上げた。
「いえ、私は、いつでも食べられるから」
小夜子は言った。
初めて男性の顔をハッキリ見る。
目鼻立ちが整っているというより、濃い感じ。
南国のひとなのかも、と思う。
スーツを来て、黒いリュックを背負っている。

「あの、その、娘がいまして。入院していて・・・焼きリンゴが
好きなもんですから……ネットで調べたら、あそこの店が、
ヒットして……」
声が個性的だ。
低くもなく、高くもない。
ずっと聴いていたい声。

「お礼に、一杯だけ、ワイン、おごらせてください」
彼が言った。
「だって娘さんは?」
と小夜子が言うと、
「一杯だけ」
と彼が言った。
まるでエッグタルトをひと口食べたように、
心の表面の皮が、パリっと音を立てて、崩れた。



DOCE ESPIGA(ドース イスピーガ)

DOCE ESPIGA(ドース イスピーガ)

住 所
神田小川町3-2-5
営 業
7:00〜18:00(土・祝8:00〜15:30)
定 休
日、末尾に1がつく日(1・11・21.・31日)
URL
お店のfacebook

『ポルトガル菓子を持つ、美佑記さん』

美佑記さんは、魔法が使えるのではないか……。
美味しいお菓子が作れる魔法、ひとを幸せにする魔法、
そして、ひととひとを結び付ける魔法。
そう思えてしまう何かが、彼女にはある。
ぜひ、お店に行って、確かめてください!
ちなみに、美佑記さんの好きなタイプの男性
は、働くひと、大きな心を持ったひと。
お菓子を食べて、ポルトガルの風を感じてみてください。