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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第六十話『男と女の点と線』

神保町の錦華通りを少し入ったところにある、
『洋食膳 海カレー TAKEUCHI』。
涼川小夜子は、岩手牛と野菜のぶっかけスパイシーカレー膳を
食べていた。
海カレーという名の通り、
野菜とお肉で彩られたごはんという島の周りには、
カレーが海のように注がれている。
飴色になるまでじっくり炒めた玉ねぎと
トマトをたっぷり使ったオリジナルのフォンドボー風ベースに、
厳選したスパイスを加えたオリジナルカレー。

店主の奥様、竹内恭子が、小夜子に申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさいね、今日も、煮込みハンバーグカレーが
売り切れで」
無理もない。ここは行列ができる大人気店。
今は、午後3時過ぎ。
ルーがあっただけ、ラッキーだと思わなくてはいけない。
恭子のキラキラ光る瞳は、来るお客を幸せな気持ちにいざなう。
フォトジェニックなカレーには、店を営む夫婦の愛が
詰まっている。

小夜子は、いつものように店内を見渡す。
鉄道関連のグッズが並ぶ。『佐渡』と書かれた電車のプレート。
駅員の帽子、切符を切る鋏。ソースのラベルには
『中央線 中濃ソース 信州リンゴ&ぶどう 多摩川梨入り』
と書かれている。
「中央線の201系は、いいよなあ」
店主の智が言うと、
「201系は、私もいいと思う」
と恭子が頷く。
智は、鉄道が大好き。主に撮り鉄。
春は、菜の花や桜をバックに電車を撮る。
「時刻表は読み物だ」と豪語してはばからない。
恭子は、西村京太郎トラベルミステリーが大好き。
夫婦で西村京太郎宅を見に行くほどの愛好家だ。
「ブルートレイン、食堂車なんて言葉を聴くと、ワクワクしますね」
と夫婦は、目を細める。

「ブルートレイン」と聞いてすぐに、
小夜子は、夜行列車での情事を思い出す。
つくづく淫蕩で獄道な我が身にため息をつく。

あれは女子大に通う、二十歳の春休み。
スキー部の同級生に誘われて、他大学の男子と寝台車で
雪国に向かった。
食堂車にいるときから、小夜子は、
その男子の野ネズミのような目線を感じていた。
いわゆるお坊ちゃん大学≠フ学生には思えない、
地べたを這いつくばって生きているような、
饐えた匂いに満ちた佇まい。
名前すら知らなかったが、
彼女を見る目に、怒りに近い欲望を感じた。

夜中、彼は小夜子が眠る二段ベッドの上に、よじ登ってきた。
お手軽なロミオとジュリエット。
ひとことも発することなく、彼は彼女のスウェットをおろす。
いきなりだった。小夜子は無抵抗で、ただただ、濡れていた。
列車の振動。ときどきの汽笛。踏切りの音が近づいては遠くなっていく。
声を出さぬまま、彼女はいき、彼は果てた。
それきりだった。

TAKEUCHIのカレーを食べていると、
まるで、豪華寝台車の食堂車にいるような気分になる。
小夜子は、思う。
男と女にも、点を線につなぐ、時刻表があったら
よかったのに……。



洋食膳 海カレー TAKEUCHI(タケウチ)

洋食膳 海カレー
TAKEUCHI(タケウチ)

住 所
神保町1-20-3 鈴木ビル1F
URL
店舗twitter

『スペシャルカレーを持つ、恭子さん』

ニンジンがハート型。
ごはんには桜が咲いている。
野菜を食べやすく、見ていても楽しめる
カレーづくりに余念のない竹内夫婦。
恭子さんの笑顔は、最高に優しく、
あったかい。
鉄道の話をほんとうはしたいけれど、
決して自分たちからは話しかけない。
そんな奥ゆかしさが、料理にも、
生きている。