• グルメ部
    今柊二の「定食ホイホイ」
  • 読書部
    とみさわ昭仁の「古本“珍生”相談」
  • 文芸部
    ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」
  • グルメ部
    高山夫妻の「おふたり処」
  • ジャズ部
    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第伍十八話『メロンのようなカボチャが、口の中で溶ける』

「美味しいでしょ、このカボチャ」
山本朝美は、世界中をふわっと包み込むような笑顔で
言った。
涼川小夜子は、そのカボチャの味に驚く。
キメが細かくて、とろっと口の中で溶けるようだ。
「まるで、メロンみたい……」
思わずそうつぶやいた。
「『内藤カボチャ』っていうんですよ、『内藤トウガラシ』が
特に有名ですが、江戸東京野菜のひとつです」
江戸時代、新宿御苑のあたりは、内藤家の下屋敷だった。
当時、武家は敷地内で自給自足を敢行。
内藤家は、カボチャやトウガラシをつくっていて、その味は
江戸中で評判になるほどだったという。

今宵、小夜子は、朝美が営む
『気生根(きふね)』という和食屋さんにいる。
白木の清潔なカウンターで、東京の農産物に舌鼓をうつ。
店名のように、東京の大地に根を張った新鮮な野菜に、
命の気をもらえるような気がする。
神田近くに店があるのも意味がある。
かつて江戸の三大市場のひとつが、神田にあった。
江戸市民の食生活の礎となり、江戸城にも献上された
良質で美味しい野菜たち。
今もその流れは脈々と受け継がれ、朝美は、
江戸東京野菜や東京の酒蔵が生み出すお酒のブランディングを
めざしている。

小夜子が飲むのは、神田限定の「利他」。
提灯ラベルが、可愛い。
創業が今から424年前の豊島屋本店は、神田に日本酒文化を広めた。
神田豊島屋の「利他」は、神田限定のお酒。
どこでも飲めるものではない。スッキリしているようで、コクがある。
「何杯でも、飲んでしまいそう……」
小夜子は、香りを味わい、うっとりと目を閉じた。

このお店を教えてくれたのは、
ポルトガル菓子店『DOCE ESPIGA(ドース イスピーガ)』で
知り合った、見城小太郎だった。
焼きリンゴを譲ってもらったお礼にと、彼が
連れてきてくれた。
「ワインを一杯だけ……」
という話だったが、意外にも、いざなってくれたのは、
日本酒の美味しいお店だった。

小夜子は、男性に遭うと、まず、
「このひととキスできるか」
を考えてしまう。
見城の唇は、上下ともに、厚く、ふくよかだった。
無精ひげが、頬にチクチクあたる触感までイメージできる。
お酒を飲み込むたびに、上下運動する喉ぼとけを、じっと見ていた。
『気生根』名物のおでん……彼が玉子にかぶりつく様に、
体が反応するのがわかった。

見城が言っていた。
「江戸に野菜文化を広めたのは、5代将軍綱吉だっていう説があります。
鷹狩のとき、江戸川区小松川で食べた野菜があまりに美味しくて、
驚いた。
それが、コマツナです。
荒川の度重なる氾濫で小松川の土地が肥沃になっていったんですね。
綱吉の生母は、京都で野菜を扱う商店の出身だったんです。
江戸に美味しい野菜が少ないと嘆く母のために、
彼は頑張って江戸での野菜づくりを推進したんですね。
つまり、母を思う優しい気持ちが、美味しい野菜をつくった……。
そういえば、朝美さんも、お母さまの『いつかお店を出したい』という
思いを実現したと聞きました」

朝美さんは、聖母のような神々しい笑顔で言った。
「利他の気持ちは、いいですね……。自分以外のひとの
幸せを考える。私にとって飲食とは、そんな仕事です」



気生根(きふね)

気生根(きふね)

住 所
神田小川町3-11 木村ビル1F
URL
お店のfacebook

『気生根という焼酎を持つ、朝美(ともみ)さん』

『気生根』は、2017年11月、神田小川町にオープン。
朝美さんの旦那さんとお母さんが厨房に立つ。 ちなみに、朝美さんの好きな男性のタイプが、まさしく、 旦那さん! 背が高く、顔が濃く、物静か。とにかくイケメンだ。
朝美さんの白くて綺麗な肌を見ていると、江戸東京野菜の恩恵も あるのかなと思ってしまう。
ランチも大人気。花籠ランチの玉子焼きも絶品! 一度行くと、すぐにまた行きたくなるお店です。 ああ、立川産うどの卵とじ、めちゃくちゃ美味しかった〜。