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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第伍十四話『漂流酒場で漂流する』

「私、人生で、とにかくひとつだけ、こうありたいっていうのが、
あるんです、それは、好きなようにしたいってこと」
漂流酒場のれいこは、言った。

神保町の路地裏にある、海文堂のビル。
1階はコインランドリーだが、細い階段を上がると、
そこはまるで海辺にある漁師小屋のような佇まい。
昼は、テイクアウトのサンドイッチやカレーを販売し、
夜は、酒場に早変わり。
涼川小夜子は、この『漂流酒場』が大好きだった。

正確に言うならば、ここで働く、れいこと、鷹夜が好きだった。
れいこは、モデルような容姿。鷹夜も役者をやっているだけにクールで
不思議な存在感を放つ。
小夜子は、2人に会うと、ホッとする。
「人生とは、結局、漂流なんですよ」
と若い2人に肩を叩かれるような気がするのだ。

特にれいこの考え方が好きだった。
「好きなように生きる、それしかないです」
小夜子は少し反対したくなる。
「みんなそれができないから、やっかいなんだと思うけど」
すると、れいこは、満面の笑みで、答える。
「なんで、できないんですか? 一度でもやってみたこと、
あるのかな」
「フツウは、やれないでしょ、やっぱり」
「小夜子さんから、そういう発言が出るとは、びっくりです」
「私ってそんなに奔放に見える?」
「はい」
「即答?」
「はい」
2人で笑う。
隣で鷹夜が、ふっと、口もとを緩めた。

どんなタイプの男性が好きかと、れいこに尋ねると、
「私、本当に余裕のある男のひとが好きです。余裕っていうのは、
お金の余裕がなくちゃダメだし、愛情もたっぷり持ってなきゃダメだし、
知識も教養もあるから余裕は生まれるし」
とさらさらと答えた。
「そんなひといるかなあ……やっぱりお金持ちがいいってこと?」
「そうじゃないですよ、小夜子さん、わかってないなあ」
れいこは、笑う。

小夜子は思った。
私は逆かもしれない。
余裕のないひとが愛おしくなる。
せこくて、臆病で、ほんとうの自分がいつかバレるんじゃないかと
ビクビクしているような男が、好き。
ビクビク……。

この間、大学教授の砂田と、SMショーを見に行った。
舞台奥に張り付けられた太った男。
彼は、仮面をつけた黒装束の女が現れると、ビクビクした。
ビクビクしながら、顔を紅潮させていた。
しなる、鞭。
男は、恍惚の表情になっていった……。
「人間ってのは、奥深いねえ。叩かれて喜ぶ男がいるんだから」
砂田が耳元で囁く。
その声は小夜子の下半身に響いた。
「あんがい、小夜子さんは、Mっ気、あるのかもね」
小夜子は、想像した、全裸で貼り付けになっている、自分の姿を。

「小夜子さん」
れいこに言われてハッとする。
「漂流してください。人生は、漂流ですよ。
好きに流れればいいんです」
れいこの瞳が、妖しく、光った。



『漂流酒場』

『漂流酒場』

住 所
神田神保町2-48-11 海文堂ビル2F
営 業
テイクアウトカレー11:30〜13:00
『漂流酒場』20:00〜24:00
(※昼のカレーと夜の『漂流酒場』は別経営です)
定 休
不定
URL
お店HPなし

『カウンターに手を置く、れいこさんと鷹夜さん』

まさに神保町らしい、酒場である。
コインランドリーの2階に、
まさか、こんな異空間があるとは……。
しかも、れいこさんに鷹夜さん、美男美女。
時間を忘れる……しがらみも、忘れる……。
あなたも、漂流する……。