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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第伍十伍話『君によく似た柔らかい陽射し』

「いらっしゃい、小夜子さん!」
MARYこと、矢田真李奈が、優しい笑顔で迎えてくれる。
涼川小夜子は、下半身にけだるさを覚えながら、カウンター席に
腰掛けた。
ここは、錦華通りにある瀟洒なイタリアンバル、
cafe&dinning『HORIZON』。
店の名前は、店長が好きな清春の曲のタイトルからつけられた。
NYのクラフトビールを生で飲める店はなかなかない。
小夜子は、「ブルックリンラガー」を頼む。
ここの名物パスタ「富士の鶏ときのこのラグーソース」もお願いした。

「こんな早い時間にいらっしゃるの、珍しいですね」
MARYにそう言われて、小夜子はあいまいに微笑んだ。
さっきまで、『庭のホテル』で、砂田に抱かれていた。
砂田とSMショーを見てから、またつきあいが、始まってしまった。
今日は、腕に手錠をはめられた。
両腕を上にあげられて、小夜子は、釣り上げられた魚のように、
ピチピチと跳ね、体を湿らせていった。
腕には、手錠の名残があった。それをしっかりMARYに見られてしまう。
もちろん、彼女は何も言わない。

「今度のライブ、10月26日だっけ?」
「はい。植松あずさちゃんとやります。来てくださいね!
小夜子さん!」
「必ず、行くね」
MARYは、ピアノの弾き語りをする、シンガーソングライター。
のびやかで清廉な声で心を潤す。
彼女の歌を聴いていると、地平線の先に行けそうな気がする。
小夜子は、さらに歌詞の優しさが、好きだった。
決して押しつけがましくなく、平易な言葉を紡いで、世界を創造する。
彼女の生き方に混じりけがないから、そんな言葉を選べるのだろう、
小夜子は我が身を振り返る。

「小夜子さんって、どうしてそんなに色気があるんですか?」
真っすぐ目を見つめられて、MARYに訊かれ、口ごもる。
「さあ、自分ではわからないけど……あえて理由をみつければ」
「理由をみつければ?」
「完璧とか、完全とか、全く求めてないから、かな」
「カッコいい」
「カッコよくないよ。真李奈ちゃんのほうが、断然、カッコいい」
「私は、完璧にできないことで、落ち込んでしまいます」
「そこに成長があるんでしょ。次はもっといい曲が書きたい、
歌いたいって
そう思うから、曲ってつくれるんでしょ?」
MARYは、笑顔で応える。

偉そうなことを言っている自分に辟易しながら、どこかで
そんな自分を楽しんでいる。
自虐は、究極のナルシズムだ。

クラフトビールをぐいっと流し込む。
「ああ〜」と声がもれる。
早くも、砂田に抱かれたいと思っている自分がいた。

店の窓から、MARYによく似た陽射しが見えた。
柔らかくて、優しい夕陽。
秋の夕方は、ひとりでいたくない。
小夜子は、ビールのおかわりを頼んだ。

まだ、地平線は、見えない。
どこまで歩けばいいのだろう……。



『HORIZON』

cafe&dinning『HORIZON』

住 所
神田神保町1-48 アルフレンテ1F
営 業
12:00〜15:30、17:30〜24:00
(祝17:30〜24:00)
定 休
URL
お店のfacebook

『クラフトビールをつぐ、MARYさん』

10月26日(土)『HORIZON』のライブ!
必聴です!MARYさんの声に、身も心も癒されてください!!
『HORIZON』は、パスタも美味しいし、ビールもうまい。
しかも音楽好きにはたまらない空間。
あなたの地平線を見つけてください!