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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第百参話『郡上の夜は、明けない』

「好きなんだよ、大好きなんだ……神保町が」

その男は、深夜の神保町の路地裏で
あぐらをかいて、そう、つぶやいた。
はじめは、涼川小夜子を介抱していたのに、
自分のほうが、酔いつぶれていた。

男の名前は、校條真。「めんじょう・しん」と、読む。

小夜子は、その夜のことを鮮明に覚えていた。
まだ、居酒屋『加賀亭みなみ』が健在だった頃の話だ。

その夜、小夜子は、その場かぎりの男との逢瀬を終え、
満ち足りぬ思いを抱え、『加賀亭みなみ』に行った。
妻子持ちの男は、小夜子を好き勝手に弄んだあげくに
ベッドサイドテーブルに2万円を置いて先に出て行った。
2万円……くしゃくしゃの万札が哀しかった。
自分の価値を決められたようで、悲しかった。

『加賀亭みなみ』のカウンターで、したたか、飲んだ。
ふらふらになって、トイレから出てくると、その場で倒れた。
「だいじょうぶ?」
メガネをかけたひとの良さそうな男性が助けてくれた。
優しいひとだなというのが、すぐわかった。
ただの優しさじゃない、筋金入りの優しさを持っているひと。
瞳の奥が、びっくりするくらい、綺麗だった。
「校條です」と彼は名刺を出した。

『ナビブラ神保町』の編集長といえば、
このひと!という神保町の有名人だった。
小夜子も、名前を聴いたことがあった。
本の街・神保町を元気にする会の会合で、そういえば、
一度見かけたことがあったような……。

そのあと、二人で、飲んだ。
小夜子が、突然、泣きだすと、
何も言わず、何も聞かず、ただ、その隣で飲んでくれた。
ほんとうに素敵な男は、こういう時、間違っても
「大丈夫? ねえどうしたの?」とは聞かない。
放っておいてくれる。ただ、傍にいて。

べろべろに酔って、錦華公園で、酔いをさます。
校條のほうが、酔っていた。
「どうして、そんなに優しいんですか?」
と小夜子が聞くと、校條は、語りだした。

「オレはね、岐阜県の郡上(ぐじょう)市の出身なんだけど……郡上八幡からね、
さらにバスに乗っていく、和良(わら)村で生まれて育ったんだ、18歳までね。
小さな、何もないところで……いや、いいところだよ、和良川っていう、
めちゃめちゃ綺麗な川が流れてて……。親父はさ、そこで医者やってて。
無医村だったんだよ、そこでね、使命感、正義感を持って、頑張った。
現代版、“赤ひげ先生”っていうのかな、急患があれば、夜中でも出かけ、
専門は脳神経外科なんだけど、なんでも診た、いい先生だったと思う。
でも、ボクはさ、嫌だったね、校條先生の息子っていうのがね、重荷で、
後を継ぐんだろうって、みんなに言われてねえ、早く家を出たかった、
家を出て、そう、浪人一年目のときにね、親父、48歳で、死んじゃった。
あんな……あんな働き方したら、そりゃ、早死にするよな、親父。
でもさあ、ああ、もっと、話、しとけば、よかったなあって。
小学3年生のとき、多治見市営球場で、親父がさ、「中日×阪急」の
オープン戦に連れていってくれたんだ、中日の中選手にサイン、もらってさ。
うれしかったなあ……以来ずっとドラ党……。ああ、親父に、
会いたいなあ……」

星空を見上げる、校條を見て、小夜子は泣いた。
「あなたの優しさに、お父さんが生きているんですね」
そう言うと、校條も泣いた。

神田古本まつり

神田古本まつり

URL
公式HP

『神田古本まつり関連グッズを持つ、校條真さんの手』

この連載の親分、校條さんは、
素敵なひと。
なぜか校條さんの顔を見ると、ホッとする。
のんびり、ほっこり。
その一方、実は、反権力の武骨な一面を持っている。
きっとそれも、お父様の血なのかもと
勝手に思っている。
「神田古本まつり」今年も開催します!
校條さんが編集したMAPを片手に、
神保町を楽しんでください!!