• グルメ部
    今柊二の「定食ホイホイ」
  • 読書部
    とみさわ昭仁の「古本“珍生”相談」
  • 文芸部
    ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」
  • グルメ部
    高山夫妻の「おふたり処」
  • ジャズ部
    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第伍十壱話『アライグマの毛皮を着た男』

涼川小夜子は、体のあちこちに、縄を感じていた。
小夜子の古書店の常連、絹子に誘われて、緊縛を体験した。
「一度、縛られてみると、いいと思うよ、小夜子さん。
洋服の上からで十分。なんかね、
何かにぎゅって抱きとめてもらっている感じがするから……」
絹子は、ある緊縛サークルの会員らしく、会うたびに、そんな話を
されてきた。
体験に踏み出せなかったのは、興味がないからではない。
逆に、はまりそうだったから。
一度、入ると抜けられない世界があることを、小夜子は知っていた。
体に食い込む、縄の感触。ギシギシという音と共に、
自分が肉になったような
恥辱と安心感がやってくる。

「はい、小夜子さん、『神保町ブラジャー』」。
小夜子がここ、『SOUP DELI』(スープ・デリ)に来るのは、
久しぶりだった。
名物の『神保町ブラジャー』は、
ブランデーをジンジャーエールで割った飲みやすいカクテル。
カウンターに琥珀色のグラスが置かれた。
シュワシュワと音がする。官能的な優しい甘さが口の中に拡がる。
「小夜子さん、相変わらず、綺麗ね」
お店の奥さん、岩下由美が、言った。
「ありがとう、由美さん。でも、おそらくこのお店の照明のおかげです」
「そんなことないわ。ねえ」
由美さんは料理を作る旦那さんに同意を求める。
「ああ、小夜子さんは、綺麗だよ、ほんとに」
小夜子にとって、この夫婦は、理想だ。
二人の出会いは、アパレルの会社。同期入社だが、
入社前に、夫の年秀は由美にひとめぼれしていた。
確かに、由美さんは美しい。そして、二人とも、今でもおしゃれだ。
何気なく、アルマーニのシャツを着こなす年秀。
かつてニューヨークで仕事をしていた。
「このひと、昔、こんなカッコしてたのよ」
昔の写真を小夜子に見せる。
マンハッタン。黒いリムジンから降りた年秀は、毛皮を着ていた。
「アライグマの毛皮を着こなすひとなんて、なかなかいないでしょ」
由美は、笑った。
確かに、素敵だった。
ニューヨーク時代に、DERIが日本にあれば……と考え、
アパレルを辞め、
ここ神保町に店を構えた。

ランチは、OLがやってくる。
夜は出版社のサラリーマンや、大学教授の常連で賑わう『SOUP DELI』。
ビートルズの『ひとりぼっちのあいつ』が、静かに店内を潤す。
店の人気料理は、カレーグラタン。
小夜子が、年秀と由美をぼんやり眺めていたときだった。

カラン。店のドアが開いた。
入ってきたのは……大学教授の砂田と、竹下だった。
二人とも、かつて小夜子が体を許した相手。
「やあ、久しぶりだねえ」
砂田が懐かしそうに笑った。
白い髪、白い髭。少し日に焼けたような感じがする。
「どうも。ご無沙汰」
竹下は、神経質そうに口もとを曲げた。
黒縁メガネを右手の中指で持ち上げる仕草。
相変わらず、指が長くて綺麗だ。
「竹下くんとは、なんだか飲み友達になってしまってねえ。
日本に帰ってくるたびに、飲みに誘っているんだよ」

体が、ギシギシと絞られていくような感触。
「ああ」と声が出そうになる。
二人との逢瀬を、体が覚えていた。
食い込む見えない縄は、執拗に小夜子を、締め上げた。

「三人で、飲もうじゃないか、いいだろ?小夜子さん」
砂田の声が、耳の奥で響き、小夜子は一瞬で跳ねた。



『SOUP DELI』(スープ・デリ)

『SOUP DELI』(スープ・デリ)

住所
神田神保町2-34
営業
9:30〜14:00 17:00〜22:00
定休
土・日・祝
URL
ナビブラデータベース

『神保町ブラジャーのグラスを持つ、由美さん』

由美さんは、美しく、おしゃれ。
大きな瞳は、人生を優しく見ている。
年秀さんを振り返り、
「このひと、何かしてないとダメなひとだから」
と愛おしそうに見つめる。
このお店のカレーは、カロリーを控えていて、とってもヘルシー。
女性に大人気だ。
味も、由美さんのように優しくて、どこか懐かしい。