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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第四十四話『少女の羽は、夜、開く』

路地裏のビル。
細い階段を上がり、店のドアを開けると、まず視界に
大きな絵が飛び込んでくる。
茶色いフローリングの床に体育座りをしている少女の絵。
少女の背中には、大きな羽が生えている。
何かを憂えているような、何かを見通しているような、彼女の視線が、
真っすぐ来客に向けられる。

涼川小夜子は、この絵を見るたびに、ドキッとする。
今日ついた嘘や、昨日言えなかった言葉を、
全て見抜かれてしまったような恥ずかしさを感じ、
刺さるような上目づかいに、軽いエクスタシーを覚える。
「断罪してほしい…」
そんな心の吐息が漏れてしまう。

「小夜子さん、こんばんは」
京田スズカは、先に来ていた。
「ごめんね、遅くなって。古書店の寄り合いがあってね」
「いいえ、これ描いてましたから…」
スズカは、タブレットを指さす。
彼女は、コミックアートを得意とするイラストレーター。
彼女の描く大きなリボンをつけた美少女たちは、ゲームのキャラクター。
色鮮やかなイラストがタブレットで自己を主張している。

小夜子がスズカと待ち合わせたのは、『珈琲舎 蔵』。
マスターの鈴木裕之は「ゆっくりできる大人の空間」を目指した。
彼の友人でもある画家・舟木誠一郎の絵が、飾られている。
入口正面にある、羽の生えた少女の絵も、舟木の作品だ。
タイトルは…『沈黙』。 「スズカちゃんの絵を見てると、なんだか、うれしくなる。
自由で、綺麗で、
どこか…官能的で」
「官能的?」
スズカは、『沈黙』の少女のように上目づかいで小夜子を見た。

スズカは学生時代に制作した屏風絵に、12人の花魁を描いたという。
着物には、鳥の絵が舞う。
鶴、孔雀、そして…ツノメドリ。
小夜子は、スマホでその作品を見せてもらった。
なぜか、鳥の絵に、強烈な妖しさを感じた。
「ツノメドリは、盾になった平たいクチバシを持っています。
それでたくさんの魚をくわえることができるんです。
いつも、困ったような顔をしています」

「小夜子さん、私の名刺ができたんです。もらってください!」
スズカが差し出した名刺には、彼女が描いたキャラクターが
印刷されていた。
小夜子は、スズカが大好きだった。
彼女の自然なスタンスが心地よく、子どものようで大人な佇まいに、
いつもホッとしている自分がいた。
今夜、これから、再会した元カレ、舎利倉和人に会う。
その前に、気持ちを落ち着かせておきたかった。
だから、スズカに「ちょっとだけお茶、つき合って」と頼んだのだ。 今夜、私は抱かれるのだろうか。
床に全裸のまま体育座りさせられる自分を想像する。
和人も裸で私の前に、立つ。
私は上目づかいに「カレ」を見る。
私の羽が、ゆっくりと、ひろがっていく…。
「小夜子さん、」
「え?なに?」
「なんだか、今日、綺麗です」
「そう?いつもと、変わらないけど」
「嘘。いつもと、なんだか違う匂いがします」

スズカがタブレットで見せてくれたツノメドリのように、
小夜子は、困った顔に、なった。



珈琲舎 蔵

珈琲舎 蔵

住所
神田神保町1-26 矢崎ビル2F
営業
11:00〜20:00(土12:00〜17:00)
定休
日・祝
URL
ナビブラ店舗DB

『イラストを開く、京田スズカさんの手』

スズカさんの髪には、メッシュが入っている。 それが彼女に似合っている。 綺麗な瞳。笑うと優しさが、周りにふわっと拡がる。 こんな笑顔を持っているひとはそう、いない。 彼女の好きなタイプの男性は「ぼぉ〜っとしているひと」。 「テキパキしているひとは、まぶしすぎて、苦手です」。 彼女の描くイラストは、柔らかい線と色であふれている。