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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第七十八話『空っぽなリンゴ箱の中に、たくさん詰まっているもの』

「全ては、リンゴ箱から始まったんです」
片山美帆は、笑顔で言った。

2020年6月にオープンした『BOOK SHOP 無用之用』。
ここは、古書と新刊がほどよく混在したお店。
直ぐ役には立たないが、頭の奥底に留まり、読み手の未来を切り拓き、
新しい着想を生み出す無用の知恵が詰まった
「無用之本」を集めた本屋だ。

「無用之用」……。
一見、無用に思えるものにこそ、本質的な価値が あることを表す
中国春秋時代の知の巨人・老子の言葉。

並べられた本は、書店員の選書本もあるが、
多くは、このお店を大好きなお客さんたちが、
選んだ珠玉の書籍たち。

涼川小夜子は、いつも、このお店に一歩足を踏み入れた瞬間、
不思議な懐かしさと居心地の良さを感じる。
なぜだろう……店内は、ここが神保町であることを
忘れてしまうほど、センスがいい。
パリの街角にあるカフェのような佇まい。
でも、「来るひとを選ぶ」センスの良さではない。
「来るひとを受け入れる」センスの良さ。

「私は、どうして生まれてきたの?」
「私はいったい、何がしたいの?」
「なんでこんな人生になってしまったの?」
「これからどう生きていったらいいの?」
そう思うことこそ、『デザイン』なんだよ、
と、包み込んでくれるような空気に満ちている。

行きずりの男との逢瀬に惑い、愛のない交わりに
虚しさを感じたときほど、
このお店に来たくなる。
ゆうべも、無用な触れ合いに体をあずけた。

汚れた自分も、美帆は、変わらぬ笑顔で迎えてくれる。
美帆は、店主、片山淳之介の奥様だ。
淳之介との出会いは、『リンゴ箱』がきっかけだという。
部屋の収納、インテリアに『リンゴ箱』が欲しいと思った美帆は、
当時、リンゴ店の店主だった淳之介を、三鷹に訪ねた。

「リンゴ箱を、売ってください!」

2人がつき合うまでに、それから2年の月日を要するが、
その縁をとりもったのは、
“知の交差点”、神保町だった。

店内の本箱にも、『リンゴ箱』が使われている。
何もない、空っぽな『リンゴ箱』に、
喜びや哀しみの物語が、詰まっている。

「どうしたんですか?小夜子さん……。」
と美帆が気遣う。小夜子は、泣いていた。

美帆は、美しい笑顔で、リンゴジュースを
差しだす。
「これ、飲んでください」
美帆……小夜子は、甘くて、すっぱいリンゴの味を
確かめながら、彼女の綺麗な瞳を見つめる。
どんな荒波でも、
この舟は、沈まない。
揺るぎなく美しい、帆を、持っているから・・・。

BOOK SHOP無用之用

BOOK SHOP無用之用

住 所
神田神保町1-15-3
サンサイド神保町ビル3F
URL
お店のHP

BOOK SHOP無用之用

愛知県岡崎市出身の美帆さん。
高校生のとき、体育の先生か、美術の先生に
なりたいと思ったそうだ。
美術教師をめざし、
名古屋芸術大学に入った美帆さんは、
「デザイン」に出会った。
何かを作る過程を大切にする美帆さんは、
出来上がったものだけではなく、
そこに辿り着くまでの苦労や喜びも
「デザイン」だと信じている。
つまり……人生は、デザイン。
無用之用こそ、デザイン。