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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第六十伍話『箱のおもむき、骨のたしなみ』

「好きな男性のタイプ、ですか? えっと、そうですね、
私……骨格が、好きなんです……」
骨董品や書画を扱う三慶商店の麗子は、
そう言った。
あでやかで、優雅。麗子の瞳はいつも濡れていて、紫色に光る。
日々、良きものに囲まれているからだろうか。
彼女の周りには、揺るぎない品格と、不思議な色香が漂っている。

涼川小夜子は、たまに、このお店を訪ねる。
とても手に入らない高価な器から、ふだん使いできそうな
食器もあり、見ているだけで癒される。

「こんにちは、小夜子さん」
麗子の母、頼子もまた、崇高な品性をまとっている。
彼女に対峙すると、圧倒的な存在感に気づく。
でも、頼子は、気さくな雰囲気も併せ持つ。

小夜子は、頼子と麗子に会うと、
自分のグレードがなぜか一段あがって思える。

「男性も、骨格で見るっていうこと?」
小夜子が麗子に尋ねる。
「私、東京駅の近くにある、KITTEのインターメディアテク
という学術標本にはまっているんです。いろんな骨格の標本が
展示してあって……キリン、恐竜、特に、コウモリなんて、
サイコーです!」
骨格……。

(男性を骨格で見ることはなかったなあ……)
と小夜子は思う。
(あ、でも……)
歴代の男たちの、標本を想像する。
(自分の好きな骨格は……あるかも……)
肩は、しっかり張っていて、できたら尖がっているほうがいい、
骨盤はしっかり、お尻は大きく……そうだ、
肋骨は、むん!っと張り出していると、じゅんとなる。

三慶商店は、創業65年にも及ぶ、老舗。
中国や欧米など、世界各国からのお客様の
知る人ぞ知る、名店。
仏像に、うるし、和食器のきらめき。
日本の文化を知るためには、欠かせない伝統が、
店内に息づいている。

頼子が言う。
「フランスからのご家族のお客様がいらしたとき……
面白いなあと思ったのは、器それ自体はもとより、
器を守る、桐箱を、面白いと言ってくださり……
特にお子さんが、桐箱、ほしい!って。
箱のおもむきが、いいんですねえ」

箱のおもむき、という言葉を使える頼子さんは凄いと
小夜子は思った。
器を守る、桐箱は、言うならば、内臓を守る骨格。

小夜子は、器のなまめかしさと、桐箱の清純さを考えた。

「和と、洋って、実は融合できるんです。
李朝の箪笥の上に、エミールガレのランプをのせても、
ね、素敵でしょ?」
頼子が、微笑む。
その妖しくも優しい口もとに、小夜子は、見惚れた。

男の骨格と、女の骨格も、
融合できるかしら……。
小夜子は、骨格のたしなみについて、思いを巡らせた。

美術・骨董 三慶商店

美術・骨董 三慶商店

住 所
神田神保町2-22
URL
なし

美術・骨董 三慶商店

三慶商店の、美人・母娘。
頼子さんと麗子さん。
とってもいいなと思ったのは、
骨董品を飾って愛でるという
愛し方もあるけれど、
今の生活に取り入れ、箱の中で眠らせず、
使ってみるのも、いいですよ、
という発想。
お二人の笑顔を見ていると、
とっておきの逸品を買いたくなる。