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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第八十七話『金が光る、嫉妬の焔(ほのお)』(神田伯剌西爾)

「あら、小夜子さん!」
声をかけられて振り向くと、
そこに、着物姿の美しい女性がいた。
山下真悠。
彼女の瞳には、妖艶な焔が見える。

ここは、神保町シアター。
涼川小夜子は、宮尾登美子原作の名画、
『序の舞』を観終わって、ロビーに出てきたところだった。
「やっぱり、小夜子さんも観てたんだ、この映画」
真悠は、いたずらを見つかった子どものように、はにかむ。
可愛い、と小夜子は思う。
そして、やはり自分と真悠は似ているところがあると感じる。
それは……アウトサイダーな匂いと、
背徳と淫靡を閉め出さない、人間の欲望への理解と包容力。
いや……違う、と小夜子は自問する。
私は、真悠さんほど、清澄ではいられない。
彼女は不思議なひとだ。
いつ逢っても、“濁り”がない。

『序の舞』の主人公のモデル、美人画の天才女流画家、
上村松園は、言った。
「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする
香高い珠玉のような絵こそ、私の念願とするところのものである」

山下真悠は、
一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする
香高い珠玉のような女性だ、そう、小夜子は、思った。
小夜子は、この間、東京国立博物館で観た、
上村松園の『焔』という絵画を思い出した。
大好きな絵だ。
美人画の松園にしては珍しい、幽霊を描いた作品。
光源氏の正妻「葵上」に、六条御息所の生霊が取り憑くというモチーフ。
松園は、能の面の教えを取り入れたと言われている。
能の面で嫉妬を表すとき、白目に、金泥を入れるという。
瞳に金が光り、涙のようにも、焔のようにも、見える……。

「今から、ちょうど『茶房神田伯剌西爾』で『冷しぶれんど』を
いただきたいと思っていたところなの」
と小夜子が言うと、
「じゃ、今から、行きましょう。店長も喜ぶ。小夜子さんのこと、
好きだし」
と真悠は笑った。

『茶房神田伯剌西爾』は、1972年の創業以来、
昭和の香りを残しつつ、自家焙煎にこだわった純喫茶の超名店。
全国からファンが押し寄せる。
BGMのない店内には、読書をしながら珈琲を楽しむひとの
脳内の感動や驚き、幸福や悔恨が、独特の謡曲を奏でている。
真悠は、ここで10年ほど働く、今や古株。
小夜子は、店長の竹内 啓を見ると、下腹部が熱くなり顔がほてる。

真悠は、今の夫を、この店で逆ナンしたという。
夫が、『伯剌西爾』の常連で、彼が読んでいた本
(確かヘンリー・ジェイムズの名作「ねじの回転」だった)に、
自分の連絡先を書いた白い紙を、いきなり挟んだのだ。

「あら、小夜子さん!!」
別の日。またしても映画館のロビーで、
小夜子は真悠に、声をかけられた。
ここは、『ラピュタ阿佐ヶ谷』。
「アウトサイダーのまなざし」というピンク映画の上映企画。
二人が観た映画のタイトルは……、
『愛欲温泉 美肌のぬめり』だった。

二人で、見つめあい、くすっと、笑った。

自家焙煎珈琲『神田伯剌西爾』(かんだぶらじる)

自家焙煎珈琲『神田伯剌西爾』(かんだぶらじる)

URL
自家焙煎珈琲『神田伯剌西爾』

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真悠さんは、素敵なひと。
どれだけ話しても尽きないほど、
心の引き出しに
ワクワクが詰まっている。
能が好きで、笛を習っている。
「師匠の笛には、季節が感じられます。
音色、速さだけで、春を、夏を、
表現できるんです。感動です!」
真悠さんに会いに、ぜひ、『神田伯剌西爾』
への階段を降りてみてください!
↓真悠さんのtwitter
https://twitter.com/veryblackbelly/