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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第参十伍話『猫の尻尾は、つかめない』

「小夜子さんって、なんだか…猫みたいですよね」
姉川夕子が言うと、説得力があった。それもそのはず、彼女は、
猫本専門店 神保町にゃんこ堂の看板娘。
神保町にゃんこ堂は、今や全国から猫本を求めてお客さんが
やってくる名店だ。
猫、と言われて、涼川小夜子に複雑な感情が生まれた。
「猫って……どういうところが?」

夕子はてらいもなく答える。
「とらえどころが、ない。追えば逃げるし、逃げれば追ってくるっていう感じとか」
小夜子に、猫的な自覚がないわけではない。
ただ、最近、とことん追いかけてくれる男性を求めている自分に
気がついた。

「夕子さんは、どういう男性がタイプ?」
「私ですか?……そうですねえ、とらえどころがないひと、かなあ。
わかりやすいひとだと、私、きっと振り回してしまいます」
夕子は、爽やかに笑った。笑顔が愛くるしい。
小夜子は、軽く嫉妬した。こんなふうに屈託なく笑えるひとは羨ましい。
家弓琢磨と、岩手の温泉に旅したときのことを思い出した。

盛岡からほど近い、つなぎ温泉。「御所湖」という名のダム湖に面した
温泉地。
つなぎ、という響きが気に入った。
行った宿は、全室、離ればかり。露天風呂付きの部屋は、まるで別荘の
ようだった。
内風呂から、露天風呂へ続くドアがあった。
宿に到着してすぐに、琢磨はいきなり裸になって風呂に入った。
「小夜子さんも、おいでよ!」
声がする。
小夜子は、少しためらうそぶりをして、浴衣に着替え、
露天風呂に向かった。
岩で固められた風呂から湖が見える。さらさらと雪が降ってきた。
「寒いでしょう、ほら、一緒に入ろう」
琢磨は、いつになく陽気で積極的だった。
足だけつかる。白い自分の足が、ゆらゆら揺れる。
「風邪、ひきますよ。さあ、これは、脱いで」
下着はつけていなかった。
湖の対岸から誰かに見られていないかと案じながら、
後ろから攻められた。

「ほんと、わかんないひとですよね、小夜子さんは」
二つ並んだ寝床に寝そべって、琢磨が言った。
「笑顔になっても、ほんとには笑っていない気がする」
小夜子は、黙っていた。
もっともっと、自分を分析してほしかった。自分を解剖してほしかった。
琢磨から、温泉の匂いがした。
彼の手は、小夜子の湿った部分に伸びた。
「もっと、安心してください。僕はあなたを傷つけない」
嘘だ、と瞬間的に思う。
女性を傷つけない男のほうが、信用できない。

「小夜子さん、どうか、しました?」
夕子が小夜子の瞳を覗き込む。
「ううん、なんでもない。何か買って帰ろうかな。猫の写真集とか」
店内を歩く。
いろんな猫たちが、こっちを見る。
彼らは皆、こう言っているようだった。
「知ってるよ、あんたが尻尾を隠していることは」

小夜子は、ある事実に思い至り、足を止めた。
「私は…今まで、誰かに本気で愛されたことがあったんだろうか…」

表紙の猫たちは、こう告げた。
「本気で愛さないと、本気で愛されないよ…にゃあ」



『神保町にゃんこ堂』

猫本専門 神保町にゃんこ堂

住所
神田神保町2-2 姉川書店内
HP
オフィシャル

『猫本を持つ、夕子さんの手』

神保町にゃんこ堂には、およそ600種類、2,000冊以上の猫本が並んでいます。 もともとフツウの書店だったお店を猫本に変えたのは、夕子さんの発案。夕子さんは、店長のお父さんに「ひとが立ち止まる書棚をつくりなさい!」と言われたそうです。 夕子さんは、素敵なたたずまいの女性。波動に興味があって、2年前くらいから、自分を取り巻く“波”が変わってきたのを感じたそう。