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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第四十壱話『混ざるほどに極みへ向かう…』

「ジャガイモが、崩れないように、ウチでは別に出すんですよ」
カレーの名店『欧風カレー ボンディ神田小川町店』の田中裕子は、
初めて来店したお客様に言った。

このお店は、第1回神田カレーグランプリーで優勝した初代王者。
秘伝のスパイスに何種類ものフルーツをすり合わせ、フランス仕込みの
ソースでコクと旨味を演出する。
クリーミーでまろやかだけど、しっかりと辛さがやってくる不思議さは、
唯一無二の味だ。

涼川小夜子は、七年以上の付き合いにある裕子に話しかけた。
「まだまだ暑い日が続くけど、暑ければ暑いほど、ボンディのカレーが
食べたくなるの」
裕子は笑顔で答える。
「小夜子さん、いつもの、チキンカレーでいいですか?」
「お願いします、辛いやつで」
「はい!」
小夜子は、神保町の路地裏にあるバー『ボンヴィヴァン』で再会した、
かつて、猛烈に愛した舎利倉和人のことを、考えてしまっていた。
(なぜ、また、このタイミングで私の前に現れたのだろう…)
小夜子は、全ての出会いに、縁があると思っていた。
出会うひと、出遭う出来事、全てに意味がある。

「私、インドカレーの香辛料、実は苦手だったんです。でも、
この欧風カレーは、すっと、入ることができて…。
人間も、いますよね、そういうひと。
抵抗感や異和感なく、すっと、心に入ってくるひと…」
裕子の声に、和人の声が混じる。

「蝶ってね、不思議なんだよ。森やジャングルに、すっと調和するんだ。
どんなに鮮やかな色でも、決して緑色を壊さない。
まるで最初から決まっていたかのように、混ざり合うんだ。
たまにさ、男女でも、あるよね。初めて会ったのに、
すっと調和、シンクロ、できるひと。僕はね、恋愛って、
実は、一瞬で決まっていると思ってるんだ。
だって、人間も自然界の一部だよね。だから、瞬時に判断している
はずなんだ。ひとめぼれこそ、いちばん自然な恋なんだよ」

和人の話し方、話す声、言葉の選び方が、好きだった。
ひとめぼれ。すぐに小夜子は恋に落ちた。
でも、和人のわがままぶりは、想像を超えるものだった。

「小夜子さん、すごい汗…」
裕子に指摘される。
額に、うなじに、汗がにじむ。
和人に、抱かれたときのように…。
「君は、わきのしたに、こんなに汗をかくんだね」
声が、よみがえる…。

「裕子さんは、どんな男性がタイプなの?」
小夜子が訊くと、裕子はすぐ、こう答えた。
「自分を持っているひとですね。意志と責任感が強いひとは
好きです」
まっすぐな瞳。綺麗だった。

「カレーのスパイスって、ほんとに、ビックリです。
何種類混ぜても、ちゃんと味が整っていくんですよね。
むしろ、混ざりあうことで、成立するんですよね」
そこで、小夜子は言った。
「でも、『ボンディ』は、ジャガイモが混ざるのを避けるため、
別に、出す。こういうの、私、すごく、好き。混ざっていいものと、
ダメなものが、あるのよ、きっと…」

和人と混ざり合った汗を思い出す。
和人と混ざり合えなかった、自我を思い出す。

「また、来てくださいね。小夜子さんに会うと、ほっこりするので」
裕子の素敵な笑顔は、晩夏の光を跳ね返した。


『ボンディ神田小川町店』

欧風カレー ボンディ神田小川町店

住所
神田小川町3-9神田小川町3‐9
AS ONE ビル2F
営業
11:00〜22:00(L.O.21:30)
定休
無休
URL
店舗Twitter

『カレーを運ぶ、裕子さんの手』

裕子さんは、お店の人気者。
裕子さんに会いたくて、来店するお客様がいる。 気さくで、あったかい。
彼女に声をかけられると、ホッとする。
裕子さんのリフレッシュは、温泉旅行。
群馬や栃木に、出かけていく。
いったい、誰と行くのだろうか…。
ちゃぽん。