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    2012〜15年掲載

9月のお悩み

  神保町で特殊古書店を経営しているとみさわさんは、著書『無限の本棚』でも書いているように、かなりのレコードコレクターでもありますね。いまはまたアナログレコードが流行っているようですが、何かアブない、ヘンなレコードを紹介してください。

(『Stereo Sound』を愛読していた男性会社員/50歳)

 


『ザ・シングル盤 50's〜80's』
 木村聡、高護、他

(1983年/群雄社出版)

若き日の未熟な原稿に赤面。
燃やしたいけど…素晴らしい本

  今回のご相談は、ぼくがTBSラジオ「伊集院光とらじおと」のアレコード(伊集院さん命名の変わったレコードのこと)コーナーにゲスト出演した日に届いたもの。ということは、ラジオを聴いて、さっそく他にも変なレコードはないか! とばかりにメールを書いてくれたのだと思うが…こうなると、もはや人生相談でもなんでもない(笑)。

  まあレコードを紹介するのはやぶさかではないが、ラジオと違って音を流せるわけじゃないし、そもそもこのコーナーの趣旨(古本であなたのお悩みに答える)から逸脱し過ぎる。さーて、どうしたもんかな…と5秒考えて、いいことを思いついた。

  ぼくが大好きな「レコードに関する本」を2冊紹介しよう、と。

  世の中にはレコードを集めた本というのは無数にあって、よほど興味ないジャンルのものでない限りは、だいたい買ってる。コレクターとして影響を受けた本も多い。なかでも、とくに思い入れのある1冊は『ザ・シングル盤 50's〜80's』という本だ。

  これは日本の歌謡曲の名曲群を歌手ごとに分類し、豊富なレコジャケ写真とともに紹介する、いわば歌謡曲図鑑だ。他にも、当時の有力な邦楽専門同人誌の紹介や、岩崎宏美やピンク・レディーといったスターをプロデュースしてきたビクター音楽産業の飯田久彦氏のインタビューなどもあって、非常に読み応えがある。この本を繰り返し読むことで、ずいぶん勉強させてもらった。

  …と、まるで他人事のように語っているが、実はこれ、ぼくがプロのライターとして初めて仕事をした本でもある。つまり、アタシの恥ずかしいデビュー原稿が載っているのだ。

  同人誌でなく、商業媒体からの原稿依頼が初めて舞い込んできて、喜び勇んで引き受けたはいいが、なにしろ他の執筆陣に比べてぼくは圧倒的に知識不足だったし、作文技術もまだまだ未熟。それでもなんとか頑張って原稿を仕上げた。

  数日後、刷り上がってきた本を受け取ったときはもちろん感動したけれど、本を開いて自分の担当したページを客観的に読んでみると、やっぱりヒドイ。時間が経てば経つほど、じわじわと恥ずかしさが大きくなる。

  ぼくが担当したのは、キャンディーズとピンク・レディーを対比して紹介するコーナーだった。ずっと封印していたその原稿から、勇気を出して冒頭のところを引用してみよう。

  私はピンクレディー、キャンディーズを含めてこういうアイドルグループがとっても好きなのね。中でもピンクとキャンの2グループはそれぞれ2人組、3人組の頂点。双璧として胸の奥に大事にしておきたいものだから拝んだり、まんじゅう供えたりたりするくらい好きなのね。ファンクラブにこそ入らなかったけど、そうする事が真のファンとは限らないし、汽車の窓から手を振るのもいいけど、ホームの陰で泣くのもまた愛なのよ。
(P.16より)

  死んでしまえ。35年前の自分、死んでしまえ。それぞれを「ピンク」と「キャン」と略して書いてるのも恥ずかしいし、句読点の使い方もシロウト丸出しで、ギャグも完全に滑ってる。

  昔の文章を未熟に感じられるということは、それだけ成長している証だとポジティブに考えることもできるが、それはそれとして、この本は燃やしたい。ぼくの原稿以外は素晴らしい本なので、歌謡曲を研究する人にはぜひ読んでほしいのだけど、でもやっぱり燃やしたい。

宝石屋さんのタイアップでデビューした
誰もが正体を知ってる覆面歌手

  もう1冊は『王様のレコード』という本。著者の鈴木啓之氏は、ぼくと同じくアレコード・コーナーの常連出演者で、かつてはミュージック・ガーデンという中古レコード店を経営していたこともある人物。コレクター、ではなく“アーカイヴァー”と自称。

  この本はキャッチコピーに「日本歌謡史を飾った名盤、珍盤、秘蔵盤を大公開!!!!!」とあるように、日本の歌謡曲をいくつかのテーマで分類し、それぞれに関するレコードが並べられている。たとえば「東京オリンピック」や「万国博覧会」。あるいは「新幹線」や「月面着陸」など。

  ぼくはいま「レコード越しの戦後史」という本を執筆中で、こちらは日本の戦後史をレコードを通じて振り返るという試みだ。この企画自体は、自分のDJプレイを拡大させていって閃いたものだが、『王様のレコード』の影響で「新幹線」や「東京タワー」のレコードを集めたりしていたからこそ、思いついた企画だとも言える。

  さて、ここから読者にはまったく意味不明な話をするが、ぼくはかれこれ40年近く覆面歌手のレコードを集めている。

  が、覆面歌手は覆面で顔を隠しているくらいだから、なかなかその正体がわからなかったりする。仮に正体は判明していても、なぜそんな形でデビューすることになったのか、その事情までは調べようがないことも多い。



『王様のレコード』
 鈴木啓之

(2000年/同文書院)

  鈴木氏は、この本の中で『東京ドドンパ娘』の渡辺マリにインタビューしている。彼女は人気低迷後にダイアモンド・シンガーという名前の覆面歌手で再デビューしていて、そのことはマニアの間では有名だけど、その渡辺マリがインタビューで貴重な発言をしている。

  同時期に他にも覆面歌手が何人かいたという話を受けて、彼女はこう言う。

  私のは宝石屋さんのタイアップでしたから、覆面にダイヤモンドがいっぱいついてて。その覆面に保険がかかってたりしてて。行く先々にガードマンとかがついてきて大変だったんですよ。だから申し訳ないんだけど、もう一つイミテーションの覆面作って下さいってお願いしたの。
(P.83より)

  宝石屋さんのタイアップだった! わかるかな、この一文を読んで謎がひとつ解けたときのぼくのよろこび。マニアってめんどくさいね。










次回もお楽しみに!

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