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    2012〜15年掲載

2月のお悩み

 仕事中、「家に帰りたい……」と思うことが度々なのですが、このごろは朝目覚めてすぐに、まだ出社もしていないのに「帰りたい……」と思うように。私は疲れているのでしょうか? また、もっと会社にいたい!と思える方法があるものでしょうか。情けない相談ですみません。

(37歳/女事務員)


『魔窟ちゃん訪問』
 伊藤ガビン、大高隆

(1995年/アスペクト)

無個性という名の個性
帰りたくならない家

  情けない相談?とんでもない!仕事なんてものはおよそつまらないもので、とっとと帰りたいと思うのが当たり前。運よく好きな仕事に就けたとしても、それと会社を好きになるかどうかは別問題。だから、家に帰りたいと思っても恥ずかしいことなんかない。帰っちゃえ、帰っちゃえ!

  と言ってホイホイ帰ったりしてたら、翌日から席がなくなってしまうわけですけどもー。

   相談者さんの場合、家に帰りたいと思う理由はなんなのだろう。会社そのものがイヤなのか、社内の人間関係に困っているのか、あるいは仕事がおもしろくないのか…。

  以前、わたしが勤務していたところはゲーム開発会社だから仕事自体も非常に楽しくて、毎日会社に行くのが楽しみだった。それは例外的に幸福な例だったのかもしれないけど、そうじゃない職種、たとえばごく平凡な事務仕事だとしても、自分の取り組み方次第でいくらでも楽しくできると思うんだよね。

  …って、いただいたメールをよく読み返してみると、相談者さんは仕事中どころか、朝目覚めてすぐに「帰りたい」と思ってるね。帰るも何もまだ出社すらしてないじゃないか!それはつまり、仕事がつまらないというより、自分の家のことが大好きなんじゃないの?

  日当りや周辺環境がとてもいいとか、お気に入りのカーテン、お気に入りのベッド、お気に入りの家具…。北欧製の家具で部屋をコーディネートしまくった、さては貴様、IKEA女だな!

  というのは冗談として、家を自分好みにし過ぎると外に出たくなくなっちゃうよね。自営業ならそれでもいいけど、会社勤めでは困る。これを打開するためには「家をつまんなくすること」だ。

  そんな人はいないって?いやいや、いるんだよ。本連載の第5回でも紹介した名著『魔窟ちゃん訪問』に登場する松田明生さんのお宅がそうだ。どんな家か、その描写を引用してみよう。

  玄関を開けていきなり目の前に展開するのがこのスーツがズラーッと並ぶ光景だ。1DKのDK部分にビシッと一本筋が、じゃなくて便利で安心な突っ張り棒が通っている。それに無数にぶら下がっているのはどれもこれもダークなスーツである。
(P51より)

  そうなのだ、この松田さんはわたしの友人でもあるからよく知ってるけど、いつ会っても同じような黒いスーツしか着ていない。服はそれしか持っていない。借りているアパートの部屋にはほとんど家具らしいものがなく、部屋の中央に黒いスーツだけがずらりとぶら下がっているのだ。

  「ただ寝るためだけの場所だと思ってますから、昔は部屋の真ん中で寝袋で寝てました」
(P51より)

  そんな生き方。どう?

元和元年のプレイボール
野球ボールでストレス解消

  しかし、相談者さんの文面から感じられるのは、見えざるストレスだ。
  きっと、仕事はそんなに嫌いというほどじゃないのだろう。家だって、わたしの幸せランドを構築しているわけでもなく、ごくフツーなのではないか。それなのに、一刻も早く職場を出たくなる。一刻も早く家に帰りたくなる。まだ家にいるのに。

  こりゃ、相当ストレスがたまってるね。それを解消するにはどうしたらいいだろう。



『ストレスをぶっとばせ ボール健康法』
 黒子昇

(1993年/成蹊堂)


  ストレスの解消法にはいろいろあり、様々な人がストレス解消法の本を書いている。どれをお薦めしてもいいのだが、せっかくここは古本珍生相談なんだから、こんな本をお勧めしてみたい。『ストレスをぶっとばせ ボール健康法』だ。

  これは,言ってしまえば「野球のボールを使って身体各部のツボを刺激する」というストレス解消法で他愛もないものなんだけど、問題はその表紙だ。

  水色のマジックで適当に書かれた殴り書きのようなタイトル。モデルのお姉さんが手にしたボールには「刺激」と書かれている。よく見ると、お姉さんの頭にはグリーンのキャップみたいなものが付いていて、何かのキャラクターのシャンプーボトルみたいになっているが、まあそんなことはどうでもいい。問題は表紙の上部に書かれたキャッチコピーだ。

  「徳川家康も行(おこな)っていた」って、絶対そんなわけない!

  読み始めてもとくに徳川家康のことには触れていなくて、ツボを刺激する方法だけが淡々と書かれている。なんだろうなーと思っていると、終わり間近になって突然、次のような一文が登場する。

  徳川家康(天文11年〜元和2年)は数々の激戦を勝ち抜き、天下を統一した将軍も、作戦や合戦、そして沢山の人間関係より生ずる、ストレスを指のツメを噛む癖があり、知らず知らずのうちに指先のツボ(中衝、少衝、少商、関衝、商陽)を刺激し、ストレスを解消していました。
(P156より)

  日本語がアレなのでちょっと意味がわかりにくいけども、ようするに徳川家康には爪を噛むクセがあり、それが指先のツボを刺激することでストレス解消になっていた」と、言いたいわけだ。
  やっぱりボール健康法まったく関係ないじゃんか!

  ま、このように世の中というのはわりといい加減にできているので、あんまり物事を真剣に考えてもしょうがないよ。とりあえず会社に1個ボールを常備しておいて、帰りたくなったらニギニギしてみるといいかもね。

次回もお楽しみに!

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