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    2012〜15年掲載

1月のお悩み

 正月はおめでたいものですが、私はいつも正月が近づいてくると憂鬱になります。なぜなら、うちの職場ではいつも新年の朝礼で社員全員にその年の夢を発表させるからです。子供の頃から、私は夢というものを思い描いたことがありません。進学も就職も背伸びをせず、自分の能力の届く範囲で無難に決めてきました。仲間からは「お前は夢がないヤツだ」と言われます。人間、ただ生きてるだけでは意味がないのでしょうか? それとも何か夢を持つべきでしょうか?

(38歳/千代田区の某課長)


『ジャンボ アフリカ風船旅行』
 アンソニィ・スミス

(1964年/二見書房)

寝ても醒めても、
夢とマボロシは紙一重

  今回はズバリ当ててみせましょう。相談者さんはね、いま寝てるんだよ。映画『マトリックス』で培養されている人類みたいにカプセルの中で長い睡眠についていて、千代田区で課長をやってる夢を見てるんだと思う。フルチンに相談のメールを書いているのも、ぜんぶ夢なの。だから、将来の夢なんて持つはずがない。すべてはマボロシ。

  イチ、ニィ、サン、はいっ!

   目が醒めましたか? 冗談はこれくらいにして、真面目に答えます。

  結婚をしたくないという人に無理に結婚をすすめても幸せになれるとは思えないし、出世をしたくない人に努力を強要してもいい結果につながるはずがない。でも、結婚すればこんな幸せがあるよ? 出世すればこんな自由が待ってるよ? というように、迷いの先にある幸福の片鱗を見せて、少しだけ背中を押してあげるのがフルチンの役目だと思っている。だから相談者さんには、大きな夢を見て、それを実現させている人たちの本を紹介しよう。

  まずは『ジャンボ アフリカ風船旅行』。
  これは、イギリスの動物学者が巨大な風船に取り付けられたゴンドラで空に浮かび、アフリカ東部の平原を冒険した旅の記録だ。
  なぜ、彼はそんな命知らずな冒険を試みたのか。第一章「夢」にはこう書かれている。

  理由はたったひとつしかない。登山家の、山がそこにあるから登りたいのだと言う答えはなかなかうまい言い方だ。山がある。一人の男がそれをみる。何千人という男がそれをみるかもしれない。だが、登るために山がそこにあるのだという考えをおこさせられるのは、その中の一人だけなのだ。彼は、そのときはもう自分の考えのとりことなり、その山に登らねばならない。アフリカを風船で飛ぼうとする理由も同じことだ。アフリカはそこで、飛んでくれる人を待っているからなのだ。それなのに人はなぜ飛ばないのか?
(P19より)

  さあ、「なぜ飛ばないのか?」と言われちゃった。どうする?

イースター島でモアイと酒を飲みたい。
闇雲なパワーって、すごいな!

  続いてご紹介するのは『モアイ。おまえと飲みたかった』という本。
  ちょっと何を言ってるのかわかりにくいタイトルだが、中身も理解するのに時間のかかる文体で、読み進むのに苦労する。自費出版の本というのは、アマチュア作家が書きなぐった原稿が編集者のチェックを受けずに活字化されているので、読みづらいものが多いのだ。そのかわり、著者の情熱や感情のほとばしりがダイレクトに伝わってくるという利点もある。



『モアイ。おまえと飲みたかった』
 川澤博文

(1996年/鉱脈社)


  ある日、著者のところに友人ミツルから電話がかかってくる。

  「アロー、ミーちゃん(親しい友人は、ぼくのことをこう呼ぶ)、俺は今、メキシコから帰って来たばっかりよ。夏休みにイースター島に行こうや。行くならサンチャゴ〜イースター島間の飛行機を早目に予約しとかんと、すぐ無(ね)なっど。いけんするや?」
(P11より)

  イースター島は、この本の著者がいちばん行きたかったところだ。とはいえ、イースター島はおそろしく遠い。誘われたからといって、すぐには返事などできないだろう。それが普通の人の反応だ。

  しかし、この著者は違う。予定していた各方面に断わりの連絡を入れると、その日のうちにミツルへ電話をかけ直した。

  「アロー、ヴェナスノーチェス。コモエスタ赤坂、ハーイ元気か。俺も昔はショードー買いのミーちゃんと言われた男じゃ。行くど」
(P13より)

  そうして数ヶ月後、30日間の休暇(!)をとったミーちゃんとミツルは、イースター島へと旅立った。この決断の早さよ。
  道中のエピソードは、まあ他人が読んでそれほどおもしろいものではないので割愛するとして、とにかく二人はイースター島に上陸した。ここでのミーちゃんの行動が本書のタイトルとなっている。すなわち、モアイと酒を酌み交わすことだ。この瞬間のためにミーちゃんが持参した酒は焼酎の霧島。イースター島で霧島をグラスに注ぎ、水平線に沈む夕陽にかかげる。

  「モアイ。おまえと飲みたかった」
  「モアイ。おまえはどこまでも寡黙だ」
  「サルー。やっぱり霧島」
  「地球。どこまで行っても霧島」

(P64より)

  めんどくさいことを考えない人の闇雲なパワーって、やっぱりすごい。夢を持つべきだとか、そうでないとか、自分の在り方を決めようとすること自体が、意味ないのかもしれないね。

次回もお楽しみに!

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