「街」にも「人」にも歴史あり!神保町紳士録
学生街、オフィス街、本の街、アートの街……。さまざまな顔を持つこのエリアに勝るとも劣らぬバラエティに富んだ面々が、神保町に対する熱い思いを語る珠玉のインタビュー。ここに行けば、こんな素敵な人たちに会える!
Vol.014 三崎稲荷神社 宮司
山崎 寛さん
「氏神様と氏子さんが一体になっている街」
街並みは変わったけど、独特の空気感は今も昔もまったく変わらないね。
−昔の神保町はどんな感じだったのですか?

  しっかり覚えているのは55年ほど前のものかな。戦後すぐの神保町は街灯なんてなかったから、みんな夕方5時には家に帰り、5時30分か6時には夕食をとっていましたね。そんな状況の中、子どものころ西神田公園で遊んでいたら夕方5時ごろになってしまって、帰り道がわからなくなった記憶があります。近所の人に「お宮の子だね」と家まで送ってもらったことがあったね。
  昭和30〜40年代の神保町は、しもた屋が立ち並び、軒先には植木鉢が置かれ、路地があって、風鈴によしずと言った、下町的な情緒のある街でした。ちょうどそのころ、この界隈の一角すべての土地を使って中高層住宅を建てようという計画があってね。ある程度話しがまとまったんだけど、最終的にはだめになったことがありました。小さくても一国一城の主でありたいと願う、この界隈の人間の物の考え方なのでしょう。それは、今も昔も変わらない、ここにしかない空気感の一つ。みんな、頭の中では一軒一軒が約100年近くここに住んでいるというプライドがある。同じ土地で同じ水を飲み、同じ空気を吸ってきたからこそ同じ感覚を持っている。だから団結力もあるのだと思います。

山崎 寛さん
誰かに効けばご利益。それが風潮によって、そこのご利益となる。ご利益とはそういうものです。
−交通安全などのご利益があるのはなぜですか?

  太田道灌が千代田城に入った室町時代は、この界隈は海だったんです。その後、徳川家康が城下町を作るために、駿河台をけずって日本橋まで埋め立てたそう。だから下町は地盤が低い。江戸時代の繁華街は地下鉄後楽園駅手前くらいまでで、それ以外は田舎の感覚だったというからね。今は東京ドームなどの近代的な建物があって想像つきませんけどね。
  徳川家光が参勤交代のときにここでお清めしてから江戸城入りし、帰りもここで交通安全の祈願をしたと言われています。三代将軍が交通安全の祈願をしたから、このお宮は交通安全の神様となる。ご利益は風潮によって決まるものです。だから今後このお宮に限らずご利益は変わるかもしれないよね(笑)。
  「信仰としてあそこは何が効くの?」と誰かに聞くと、そのときの著名人などのご利益のうわさを耳にするでしょう。それを受けると、自分もそこに参拝しようという気持ちになる。そうすると、ご信仰が身近に感じるでしょ? それでいいんです。神道に教えはないし、信仰は心の問題。明るく身近に感じることが大切なんです。
  心を汲んであげる気持ちを持つことも大切ですよ。例えば銀杏を拾うとき、私はすべて拾うんです。実るために努力してきたことを汲んであげるのです。「残したら可愛そうだね」と、心の中でつぶやきながらね。そういう気持ちを持つことでやさしくなれる。そのほうが幸せになれるんです。

誰かに効けばご利益。それが風潮によって、そこのご利益となる。ご利益とはそういうものです。
−山崎さんにとって神保町はどんな街ですか?

  神保町の人間はみんな対等に付き合ってくれるのも特色だと思います。基本的にはご近所さん感覚。大晦日に行う、もちつきの支度は、普通なら半日はかかる作業。テントを張る、臼を洗う、電気を配線するなどと手間がかかるのに、1時間半で終わっちゃう(笑)。片づけも同じ。それが神保町の空気で、「これが必要かな?」と思うと個々に持ってきてくれるんです。節分のときも、「誰と誰が来て警備してくれるの?」と言わなくても、「頼むよね」と言えばだいたい12〜13人は集まってくれる。これはみんなが対等な立場、感覚でいるからではないでしょうか。だから、みんなが夜中まで飲めば私も一緒に徹底的に飲みますよ。でも、白衣を着ればしっかり宮司として立ててくれるんです。昼に会合があって酔っ払ってしまったとします。酔っていて失礼だとその日の夕方にある別件の会合に欠席するのはだめだね。張ってでも出席するのが神保町の人間(笑)。会合を無視しないことに価値があるんです。出席すれば約束を守ったことになる。よそではない話しだろうね(笑)。
  きっと、余所よりも30年古い感覚なのかもしれない。がらっぱちで、対等で、助け合いの精神を持ち、人の意見には簡単にのらない強い心意気。神保町は、それだけ自分たちの歴史を持っている人間が集まる場所なんだと思います。

ナビブライター 茶畑美治子

三崎稲荷神社
約800年の歴史を持ち、徳川家光をはじめ、諸大名が交通安全の参拝をしたと言われる由緒ある神社。1年おきに行われる三崎稲荷神社例大祭は、地元を上げての盛大なお祭りであることでも有名です。

住所/神田三崎町2-9-12
TEL/03-3261-1849
概観