植物を観察し、形や色をありのままに描く……それがボタニカル(植物学)アートだ。その起源は15世紀の大航海時代にさかのぼる。遠い土地から植物をそのまま運ぶ手段がなかったために、絵画として残したのがはじまりだという。二度と見られないかもしれない貴重な植物を、正確、緻密にとらえることが求められたのだ。
日本で初めての植物図鑑は、文政11年に刊行された『本草図譜』。全95冊という壮大なスケールで、1枚1枚が木版で丁寧に描かれている。
鳥海書房 鳥海洋さん
ボタニカルアートを知っている人なら、「本草図譜」を見たときに少なからず驚くだろう。ページをまたいで植物が描かれているダイナミックな構図、日本独特の浮世絵のような色彩。植物を真正面から、写実的に描くというボタニカルアートとはどこかひと味違っている。ヨーロッパで最初に発行された『ENGLISH BOTANY』と比較すると、その違いはなお明らかだ。鳥海書房の鳥海洋さんにその訳を聞いてみると……。
「ヨーロッパは銅版画、日本は木版画と表現技法が違いますが、一番の違いは、東洋と西洋では植物の捉え方が違うんですね。これは個人的な意見ですが、人と自然を対比し、植物を正確に分類しようとした西洋に比べ、東洋ではこの植物が自分たちの生活にどう役立つのかという風に人間中心に考えていたのではないでしょうか。人と共に生きるものとして自然界を捉えていたことが分かります。
なるほど、言われてみれば薬としてどう使えるか、味はどうなのかという記載が随所に見受けられる。著者の岩崎灌園は、植物そのものの研究はもちろん、美しさや人間性にとっての効能を含めた捉え方をしていたのかもしれない。
「下絵を描く絵師、版を刻む彫り師、正確に紙に写し出す摺り師。どの役割が欠けても完成しないものですから、本作りへの情熱は目を見張るものがあります。しかも、どのページも手を抜くことなく美しく、どこか日本画のような雰囲気を漂わせていますよね」
鳥海さんがそう語るように、花びらや茎を彩るグラデーションや、部分によってはあえて輪郭を描かない手法は浮世絵を思わせる。この当時日本に伝来していなかったというチューリップをオランダのウェインマンが著した花譜を参考に描いたページもあり、そこは構図も彩色も少々西洋寄りになっている所もまた面白い。最後に、鳥海さんはボタニカルアートの魅力について語ってくれた。
「ボタニカルアートと一口で言っても、植物全般を描いた物から、一種の植物にだけ焦点を当てたものまで、いろいろあります。国や書き手によって視点が異なり、絵の描き方も様々です。しかし、いずれにせよ、まだ写真も印刷技術もなかった時代に、膨大な時間と手間を注いで作られたこれらの本からは、当時の冒険家や研究者達、作家達による植物への熱い情熱が伝わります。ボタニカルアートは、図鑑としての資料的な読み方でももちろん楽しめますが、ひとたびページをめくれば、つい時間を忘れて眺めいってしまうほどの魅力がありますね。数百年の時を超えた現代の私達を、本の植物園へと誘い込んでくれる見事な芸術作品だと思います。」
(取材・文/ナビブライター坂口絵里子、ナビブラ神保町編集部)
▲『ENGLISH BOTANY』 全41巻
24冊手彩色銅版画2998図 7,875,000円
ヨーロッパで刊行された植物図鑑は、重厚な装丁に、手塗りの質感が分かる図版がとにかく美しい逸品。
▲『花菖蒲図譜』 全4冊(大正10年) 三好学
多色木版図集 504,000円
大正10年 菖蒲だけを描いた「花菖蒲図譜」は、現代の花菖蒲協会の方が原種の科学性を確認することも可能だと評したほど。
▲『SELECT ORCHIDACEOUS PLANTS』第1,2集(1862〜1875年)
R.ワーナー編 フィッチ画 総革装 手彩色石版図79図 1,732,500円
当時から高貴な花として人気を博していた蘭のみを集めた図鑑。
古書センター3階、動植物に関する古書専門店。「釣り」と書かれた書棚をみると、図鑑や事典の類はもちろんのこと、江戸時代の和本や錦絵、環境資料、釣りを愛した作家達の書籍まで、実に幅広い関連本に出会える。研究者から子供まで楽しめる古書店。
http://www9.ocn.ne.jp/~toriumi/
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